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月暈は天使たちの城下町

月を見上げる。

人は月を見上げる。

綺麗だから、光っているから、輝いているから

あまりにも綺麗だから。

笑う赤ちゃんを見かけて釣られて自分も微笑んじゃうみたいに蝋燭の灯りを見ているととろとろ微睡んじゃうみたいに

それはもう、人間の本能みたいなもの、なのかもしれない。

今日、道を歩いていると目の前で突然おばあちゃんが立ち止まって、空を見上げた。腰に手を当てて、大仰に、まるでお風呂上がりに牛乳を飲む人みたいにだ。

おばあちゃんの目線の先には綺麗なお月様があった。

おばあちゃんに釣られて、何人か周りの人も空を見上げた。そして、ああ、月か、綺麗だもんねぇ、と言う感じで同じように少し眺めてからまた歩みを進めた。

私は昔から落ち着きがなくて、歩いていると色んなところをソワソワ見てしまう。

あんなところにカマキリがいるな、とか、あの鉢植えの花はなんだろうとか、よそのお家のベランダに干された年季の入ったキャラクターもののバスタオルだとか、

月は綺麗じゃなくても、いつも見ているそれがいつも、ぽちんと、空にあるからだ

それは綺麗なものを探してとか、感受性が豊かで、とかそう言うのでなく

ナルトが螺旋丸を作る修行をしている時に、自来也がてのひらにちょんと点を書いて、点一個があるだけで人はそこを見てしまうのだ、と教えたあれに似ている。

お、今日もあるな、という気持ちで大体見ているのだ。

そんなわけで、私は大体月を見上げて歩いているから、今日はたくさん同じような人を見かけて嬉しかった。

子供の頃からなんとなく、ちょっとのろくて少し浮いていて、みそっかす、みたいなそういうタイプだったので、こんな時だけでも、みんなと同じことができて嬉しい。

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綺麗なものを、一緒に見たい、誰かと…

ひとりぼっちになりたくないと、きっと大抵の人が思う

誰かと美味しいものを食べたいとか、誰かと素敵な映画を見たいとか、誰かとライブではしゃぎたいとか、

綺麗なものを、美しいものを、見つめて、眺めて、感動すると、人は満ち足りた気持ちになる。

でもしばらくすると、それでは満足できず、ああ、誰かとこれを享受したいという熱烈な欲望がマグマみたいに溢れてくるのだ。

誰かの瞳に映った、この素晴らしい代物を見たくなるのだ。そしてその人が自分と同じく魂を震わせ、微笑む様子を。

月を見るのにお金いらない。お金持ちでも貧しい人でも無料観覧できる。日本の人も、海外の人もおばあちゃんも子供も。

たくさんの人が等しく見ている美しさだから

月を見ると寂しさを忘れ、優しい気持ちになるのかもしれない。

それがきっと私が月を好きな理由。

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秋は木漏れ日の香り

八月に秋はなかった。
九月の終わりにはあったかもしれない。
十月になった今、確実に秋の鼻先がここにある

昨日なかったものが今日はここにある。
ここにあったものも、いつかここからなくなってしまう。

時の流れは実在するか分からない。
ただ人間がチクタク動く時計をありがたがっているだけかも。
夜は明けるのではなくて、大きな巨人がこの地球に覆いを被せたり取り除いたりしているだけかも。

だけども秋はやってくる。

夏の間、ああ、早く秋が来ればいいのに、なんて思っていた汗だくの大人たちの願いを叶えるように
夏の日差しの強烈さに乾涸びてしまった植物たちに慈悲を与えるみたいに

ううん、それはうそ

秋は私たちの気持ちを知らない。
秋も夏も地球も空も私たちの気持ちなどお構いなしにただ自分の出番がやってくるとキラキラと輝かしくその美しさを披露するだけなのだ。

先日、おかわかめに蕾の花房ができた。

おかわかめは初夏から晩夏まで蔓を伸ばし葉っぱをつけ、秋には花を咲かせる。

まだ日中気温は30度前後だった。
なのに植物には秋の訪れがわかる。

私より美しい世界に住んでいる住人、という感じがする。

この子には、植物には、世界はどんなふうに感じられているんだろう。

色はあるんだろうか。
匂いは、温度は、速度は、感触は?

私たち人間より、ゆったりと、穏やかで、
音楽で言うならチェロのような世界なのではないかと夢想している。

植物たちにとっての秋は、芳醇で、豊かで、幾重にも重なり合う心地よい旋律
裸で絹のシーツにくるまるような肌寒さと気持ちよさ

人間は、そのおこぼれを貰っている、と言う気がしている

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心地よさを感じに、外を歩こう

君がいる世界に秋があってよかったな
私のいる世界に秋があってよかったな

秋って素敵なものだから
手のひらにそっと包み込んで、誰かに見せたくなるものだから

でも、そうできないところがもっと素敵なんだよね